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我が家のお正月

年賀状を下さった皆さま! ご丁寧にありがとうございました♪

穏やかな好天に(関東地方)恵まれたいいお正月でしたね
皆さまは如何お過ごしされてますか?


我が家は19歳のトラちゃんと



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今年も新年を一緒に迎えられた事が何より嬉しいです



ノワールちゃんも


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パイユちゃんも、トラおばあちゃんの事が大好きみたいです



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そして、新年の事始めは



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六ちゃんに朝食サービスすることでした



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もちろん、中の子より先にね



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だってお外で我慢してもらてるから当然でしょ



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さてと、みんなはリビングに全員集合!



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左から1.ぼんちゃん 2.パイユちゃん 3.こころちゃん 4.ふうろちゃん 5.アニーちゃん
6.アレッタちゃん 7.オハナちゃん 8.ナターシャ


9.さっちゃん


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さっちゃんはお一人様がいいみたいで
いつもこの場所から 「早く持って来て!」 と要求泣きするんですよ



10.マルメロちゃん


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ツンデレタイプのマルメロちゃんも絶対みんなと一緒に食べてくれなくて
その上、直ぐに食らいつくこともしなくて・・・


性格は全然違う二人だけど
我が家ではこういう女子を めんどくさい女! って呼んでます(笑)


そうそう、めんどくさいって言えばトラちゃんもなんだけど
トラちゃんは老人性症わが儘だから、今は食べてくれさえすえば
もうそれだけで、こんなに嬉しくて救われることはないんです(´▽`)



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こんな保護猫たちと我が家のおばちゃんですが
どうぞ今年もよろしくお願い致します m( __ __ )m

















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[ 2017/01/03 ] 日常 | TB(0) | CM(0)

猫首輪作家?

手作りの楽しさに嵌ってしまった昨今は、夜なべをしては何か作っているんですが
そうなるとハギレがだんだん溜まってきてしまうので「ハタ!」と閃いて首輪作りに挑戦してみました!




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水色地に黒猫ちゃんの可愛い柄なんだけどアニーちゃんに似合ってるかしら?



黒猫のぼにたんには



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黒地にミニトマトが並んだ可愛い生地で作ってみました

どう! 可愛く出来てると思いませんか?(自己満足)



以前、あられちゃんのママさんが手作りの可愛い首輪をたくさんプレゼントして下さった事がありまして
ママさん凄い! 素敵! って、器用な方に対しての憧れは人一倍あったのですが
あれから5年経って、まさか今自分で作ってるなんて、あの頃は夢にも思わなかったですw





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1個完成するたびに「きゃー可愛い~」って、一人笑っちゃってるんですよ(キモイけど)




で、この猫顔の生地はキャットカバーのハギレで作ったものなんですよ


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この花柄も猫顔のキャットカバーのハギレなんです


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バックルやパーツはネットで簡単に買えるので誰でも直ぐに作れて



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ゴロにゃんで売ってるのとおんなじようなのが出来ます(細かい所は多めにみてね)




一応、私なりにこだわりもありまして、それは可愛い猫ちゃんがより一層可愛く見える色柄である事と



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迷子札が下げやすいようにDカンと言うのを付けてあります







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なんか、この水色はアニーちゃんには、ちょっと地味だったかしら?


で、椅子のカバーのハギレで作った物に変えてみました




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こっちの方が明るいぶん可愛く見えるかしら・・・




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そろそろアニーちゃんの募集も開始しなければですね




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それと、上の作品のいくつかは、既に付けてもらいたい猫ちゃんが決まってるんだけど
ネコ顔柄(ピンク・グレー)と黄色地とトマト柄、水色の水玉はまだ生地がたくさんあるので
もし気に入ってくださる方には喜んでプレゼントしたいと思っています
まずは里親さまが優先になりますが、良かったらお気軽にリクエストして下さいね
(リクエストがひとつもないと淋しいの。。。 笑)




そして、赤ちゃん達はみんなお目目が開きましたよ(#^.^#)




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次回は、いよいよ赤ちゃん達の名前を発表します(まだ決まってないの)

















[ 2016/05/11 ] 日常 | TB(0) | CM(0)

こんなもん作ってみました。

最近、手作りに嵌ってまして、今日は作品の自慢話にお付き合い下さいませ


まず作品その1

ダイソー御用達の毛糸とフェルトボールで作った飾りもの



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いろんな色系で作ってみました



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ナータンときんちゃんは友情出演






次に、ダイニングテーブルを前々から欲しかった丸いテーブルに買い替えました♪



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で、買い替えるにあたって一番頭を悩ませたのが椅子の材質でした
今までのは合皮の座面だったので、歴代の猫達にこのように変えられてしまったし・・・



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今回もファブリックにするか合皮にするか迷いに迷ったあげく
まあどっちを選んだとしても被害は免れないだろうと判断し結局惜しくない安物にしました


それと椅子カバーも頭を悩ませました
ストレッチタイプも他のタイプも、どれもこれも被害を被りそうな物しか売ってないので
止むなくストレッチタイプの安ものをアウトレット価格で購入



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なので付けて瞬時に・・・



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やっぱりね(涙)

* このカバー4枚捨てるしかないんですが、もし欲しい方がいたら差し上げます
  少し糸が出てしまった物と無傷の物併せて4枚、付けてたのは1週間くらいです



そこで作品その2



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カバーを作っちゃいました!
材質はコットン100%で「爪とぎしたーい!」とならない素材がポイントです


後ろはこんな感じですよ



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紐結びだと紐遊びされて直ぐにほどけるのでスナップ留めにしてあります
それとこのテキスタイル、だいぶ前にネットで一目惚れして買い置きしてあった物なんですよ


で、このカバーを作ってる途中で2年前に買ったあの激安ミシンが壊れてしまいました(涙)
買った当初は使うかどうかも分からないからと、激安ミシンにしたんですけどね
やっぱり安物はそれなりですね

で、今回は自動糸通しと自動糸調整の付いた物にしたくて下調べをしたんですが
ミシンは重ければ重いほど良いミシンなんですってね
それと、ネットで買う時は最低でも3万円以上の物、店頭で買う時は5万円以上の物を
選べば失敗がないという事だったので、あいだをとった価格帯をネットで購入しました



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(前の激安がジャノメだったからブラザーに)


と言っても、この機種は店頭用でネットでは売ってないんです(ラッキー)
絶対条件もクリアしてるし、最近のミシンって本当に良く出来てますね♪



ついでにアイロンも買い替えました!



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右の骨董品は実家で使ってた年代物で、うちでは母はもちろんの事
父もアイロンがけの名人だったんです
シーツからパンツから、なんでもピシッ!とかけるのが名人の父でした(元水兵さん)
アイロンにもこだわりを持っていたのでわざわざプロが使う重たいのを買ってたんですよ


その父に比べアイロンがけが面倒くさくてしかたがないわたし
かと言って、筐のようになっていたので買い替える気にもならず使うことウン十年
ミシンを変えるついでに、このスチームアイロンに変えたらアイロンがけも楽しくなりました!



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使っていたダイニングテーブルは処分したんだけど、これが大きくて重量もあったので大変でした
費用的には粗大ゴミが一番安いんだけど、そうなると門の外まで運び出さなくちゃいけなくて
結局、業者さんにお願いしたんだけど正解でしたね
リビングのドアから出せなくて男の人2人でも大変だったんです・・・



それと、椅子も一緒に処分するつもりだったんだけど急に気が変わりまして
リメイクに挑戦してみました



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作品その3



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明るい色柄にしてみました!


もう1脚は柄を変えて


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ダイニングチェアーと同じ生地を張ってみました
皆さまの好みはどっちかしら?



ついでにドレッサーの椅子も



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こんな感じになりました



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同じ生地でクッションも作ったんだけど、張替えって意外と簡単でしたよ
また飽きたり汚れたりしたら簡単に張り替えられるし
カバーも季節で変えて楽しむのもいいですよね



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きんちゃんも楽しそうに参加(邪魔)してくれたのは言うまでもありません



それと、実は作品その4とその5もあるんです~
また自慢話にお付き合いいただけるようなら次回特集を組みますね(笑)

























[ 2016/04/20 ] 日常 | TB(0) | CM(2)

さくら満喫ツアーに行ってきました♪

この週末でお花見されてる方が一番多いんでしょうね(あいにくの花曇り・・・)
私も一足先に堪能してきましたよ♪

まず初めに行ったのが浅草は隅田公園



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二分咲き?でちょっと早かったですw



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で、浅草って言えば一番近いのはマーシュのおうちなんだけど
ここから行くにはちょっと時間が足りないので、急に思いついてこちらに寄ってみました



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ギャラリーエフさん
可愛い被災猫の支援グッズが色々ありそうだったんだけど・・・



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ぎゃび~ん 火曜が定休日だったのね
(こう言うのを日頃の行いが悪いって言うのかしら・・・)


で、船着場から船に乗りまして、日の出桟橋までクルーズを楽しみました



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川風が気持ちいい~♪


乗ったのはこんな感じの船です



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途中、昭和レトロな花嫁衣装のカップルを見っけ



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黒の留袖に角隠し


すぐそばが割烹治作なので、こちらで披露宴だったのかしら?
それとも何かの撮影?



実は、今回バスツアーを利用してみたんですよ
地元出発でずっと座っていられるし、乗り換えの面倒くささもないし
ランチで行列する心配もないので、割高にはなっちゃうけどすっごい楽チンでした


で、日の出桟橋からお台場のホテルグランパシフィック LE DAIBAに行って
ランチブッフェをいただきました


そうそう、ツアーを選ぶときの必須条件が小奇麗なお店で美味しいランチ!
なんですが、今回の選択も大正解でした♪


そして、次に靖国神社に行きました 



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菊の御紋とさくらがすっごくス・テ・キ♪
墨田よりはいっぱい咲いていて7~8分咲くらいでしょうか?
実は、ここ初めてなんです


因みにこちらは標本木です



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サミシイ・・・


千鳥が淵の方はいい感じに咲いていて綺麗でした



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水辺と桜って、雰囲気ありますね


で、このあと上野公園に行ったんだけど、まあここはいいか・・・




自分なりに桜予報なんぞをたてて、その29日に行ってきたんだけど
お天気も晴天で風もなく、穏やかな最高のお日和でしたね(^^)


お陰様で、久しぶりにゆっくりと桜を楽しむことが出来ましたよ
(日頃の行いがいい!ってことよね・・・)





で、帰宅後は通常営業(猫の)に即戻りました!





来年は目黒川のクルーズだな・・・


















[ 2016/04/03 ] 日常 | TB(0) | CM(0)

母のこと、そして猫の因縁

今日は母の33回目の命日になります


母は身体の不調があると直ぐに病院に行くタイプでした
私はそんな母とは間逆で病院が嫌いで、ギリギリ悪くなるまで行かないタイプなので
自分はきっと手遅れになって、後悔しながら死んで行くんだろうな~と思います(^^;)


母は背中が痛い! 背中が痛い! と良く訴えるようになって
あちこちの病院に行って検査もしてもらっていましたが、特に異常は見つからない
と、どの病院も同じ診断で、すい臓ガンらしいと分った時には
もう手術も出来ない所まで進行していました
すい臓は今でも発見が難しい臓器です


入院してる時は毎日仕事帰りに顔を見に行ってました
ある日、担当の若い先生に呼ばれて検査結果の説明を受けた時に
始めて、すい臓がんの疑いが・・・との説明を受けました

すい臓が何処にあるのかの知識も何もなかった私は、先生の説明が
専門的で難しくて、でも必死に理解しようと分らない点を質問すると
だからー! と、イライラした態度と言葉が返ってきます

その後も、また質問をすると だからーー! と、苛立ち度は更にアップする始末で
聞きたくても、怖くて聞けない状況でした

その当時は「インフォームドコンセント」 なんて言葉もなかった時代で
勘違いも甚だしい医者が普通だった時代、患者を上から目線で見下して
付け届けとかも普通だった時代です 

でも、今も昔も本当の名医と言える人は、こんな医師とは天と地ほどの違いです



その当時は癌は告知する!しない!の選択を家族はしなければならない時代で
私は母の性格を考えて 『告知はしない』 と決めていました

病名を聞いたあと、病室に戻るのは本当に辛かったです

母が、いの一番に「なんて言ってた?」って聞くのが分っていたし
その予想通りに母は聞いて来たので、私は悟られないように 
「もう少し検査しないと分らないみたいよ」って、普通に答えるのが精いっぱいでした

そして、「じゃ、父さんが待ってるから今日は帰るね」って
病室を出てからは涙が止まりませんでした


家では、父が私の帰りを首を長くして待っています
「母さんの様子はどう?」って、真っ先に聞かれるのが分ってるので
父にも涙を見せる訳にはいきません

父は、その6年前に倒れて、幸いにも命をつなぎとめる事は出来たけど
後遺症は残ってしまってました


その父の事もあって、自分の仕事は続けた方がいいのかもしれない、と
少しだけ迷いましたが、限られた時間しか残っていない母の為にすべき事
してあげられる事は、いつも傍にいてあげる事だけ、と思ったので
長年勤めていた会社を辞める事にしました


それから、色々な事があり母の希望も受け入れて、急遽その病院を退院しました




当然に、その後も病状は深刻に進んでいきますので、母は最初の頃に診てもらっていた病院
病気を見つけられなかった大学病院に入院する事を希望しました

そちらの先生は穏やかな物腰の先生で、きちんと丁寧に対応してくれて
とっても感じのいい先生でした



母は人にプレゼントをして喜んでもらう事が好きな人だったので
普段からデパート等で色んな小物を買いだめしていました

その時も、私が病院に行くと、担当の看護婦さんが、可愛い♪可愛い♪って
嬉しそうに私に教えてくれて、そしてそっとプレゼントをあげていました


入院してほどなく、担当の先生に呼ばれて説明を受けました
もう手術をする事も治療をする事も出来ないので退院してもらわなければならない
その代わりに良い病院を紹介するので、そっちに転院を考えて欲しいと

もう私には選択肢はありません
直ぐに転院の手続きをして、そちらの病院に入院する事になりました


転院先は個人の病院でしたが、入院設備もある位のそこそこの大きさで
比較的まだ真新しい病院でした

院長先生は若く見えて、不親切とか横柄な態度とかは一切なかったけど
いつもブスッとした表情で、患者に笑顔で向き合う先生ではありませんでした

私は何の薬も注射もしなくていいから、笑顔で母に接してもらいたかった
ニコニコしながら 「今日は顔色いいよ!」 とか何でもいいんです
嘘でいいので、安心させるような冗談の一つも言うような態度で接して欲しかった
それが死を前にして不安に怯えている患者さんには一番の救いになるはずだと思います


でも、そんな時代だったとはいえ、患者の気持ちを理解しようともしない
医者が多かった事が残念でなりません

だから、私は子供のころから病院も医者も嫌い
先生って呼ばれる職業の人もあんまり嫌きではありませんでした
(医師の従兄もいるし、教育者の親戚もいるけど・・・)


その病院の婦長さんはとっても優しく接してくれました

でも、心の中に悪魔を住まわせてる看護婦が二人いたんです



毎日毎日、点滴ばっかりの日が続くと、段々と血管を確保する事も難しくなります
特に母は血管が細い方で、でも、事前に腕を暖めると出やすくなります

毎朝、病院に行くと看護婦さんが来る前に私は腕をホットタオルで温めます
でも、その年配の看護婦さんは私が温めるホンの数分も待ってくれなくて
まるで大根に針を刺すように、ブスッ! ブスッ! って何回も何回も刺しました

母はなんにも言わないけど、ひたすら耐えているのは分ります
私が、今温めるから少し待って下さい! って言っても聞く耳持たずで
何回も何回も何回も 「あら~ 中々入らないねー」って・・・

私は堪らなくなって、少し強い口調で言うとやっと止めてくれます
そんな状況が退院するまで続きました

婦長さんに何回も相談しようと思いましたが、私がいない夜に
誰にもわからないように母が虐められたらと思うと、それも躊躇われました

母は明るくて優しい人で、すっごく気遣いもする人だったので
そんな嫌われるような事をする人ではありません


もう一人の若い看護婦も恐ろしい人で、こんな事もありました
病状がいよいよ深刻になって個室に移され、意識も時折混濁するようになってきました

個室に移ってからは、夜も付きっきりで看病してましたが
入口のすぐ近くにクローゼットがあって、私がクローゼットのドアを開けたまま
荷物の整理やらをしてると、その若い看護婦は毎回ノックもしないで突然入ってきます
その時に、すごい勢いでドアを開けるので、ドアとドアがぶつかって
物凄い大きい音が出ます

意識が混濁してる母は、その音の凄さで、ビクッ!と意識を戻すんです
それでも、母に何をされるのか分らないと思うと何も言えませんでした

部屋の中でも、検温、血圧測定と、色々な処置を乱暴にします
言葉の暴力も酷かったんです
「あらー 顔が真黄黄になって、黄疸がまた酷くなってるねー」 って
部屋に入って来るなり年増の看護婦の方が言いました

個室に入ってから母は鏡を見た事がありません
私も見せないようにしてましたので黄疸が出ている事を母は知りません

その時の母は、どれだけ不安な気持ちに陥った事でしょう


終末期の患者に医療従事者が、どうしたらこんな酷い言葉を吐けるものでしょうか!

今は、○○○ハラスメントって言葉があるけど・・・


心に悪魔が住んでる人って、意外にいるのかも・・・ と思います
無抵抗な弱者に対する虐待事件とか、いじめ事件とか後を絶たないし
表沙汰になるのはゴクゴク一部だと思いますし


こんな事を書くと、貴方の方にも問題があるからじゃない!
って、言う人がいるのかもしれないけど

看護婦さん達にも院長先生にも、それなりに付け届けはしていました
どんな事をされても、こちらから挨拶も欠かさないでしていました
母が人質にとられてるし、母が虐められない為にもと・・・


でも、私がその時もっと大人だったら、きちんと抗議をしたと思います

いえ、その時に毅然と抗議すべきでした



この二人を除いた他の看護婦さん達は、普通に対応してくれましたが
亡くなる前日だったか前々日だったか、看護婦さんが二人で入ってきて
突然、母の胸に心電図を付けはじめました
母にも私にも何の説明もなく、二人で笑っておしゃべりしながら付けていました


説明と言えば、この病院では、母にも家族の私にも、それが何の薬なのか
何の注射なのか一切してくれた事はありませんでした

こんな事もありました
突然、院長と知らない男性(多分医師)が入ってきたので、何かの治療若しくは
処置をしてくれるのかと思って構えて待っていたら、その男性にカルテを見せながら
アレコレと説明をして、説明をし終わったらそのまま出て行ってしまいました

母の事も私の事もまるで眼中になく、何のリアクションもなく
その時の様子と言ったらまるで、動物実験中の動物の状況を説明でもしてるようで
33年経った今でも、くっきりと、頭に、心に、焼き付いています

そして思い起こせば、入院中はずっとそんな対応でした

きっと、私が小娘じゃなく、それなりの恰幅のいい男性だったり
それなりの肩書のある人物だったら、まったく別の扱いだったのかもしれません



33年前の今日は土曜日だったので院長は不在でした

その日の早朝、母が息苦しいと訴えたので看護婦さんを呼んだら
直ぐに処置をしてくれたのですが、その最中に母は亡くなりました

その処置に問題があったのかどうかは分りませんが

看護婦さんが慌てて宿直の先生を呼びました
多分、大学から来ているバイトの先生だと思うけど
寝ぼけ眼で飛んで来てくれて、母の死を確認しました

その後、その看護婦が心電図を外したり処置をしようと母の身体に触ろうとしたので
「触らないで!」って、無意識に叫んでしまってました

その看護婦は優しい方の人だったけど、笑いながら心電図を付けた人で
最後の処置もした人です


最後の最後の時の終末期になって、心電図を付ける事の意味
その作業を笑いながら、無駄話をしながらするべきものでしょうか!
何をしたくて看護婦になったんでしょうか


大切な大切な愛する母を、こんな病院に入院させてしまった事の後悔
何の異議も唱えられなかった事への後悔
何の力も持っていない事の歯がゆさ



二人の看護婦のうち、一番酷い年増の看護婦の名前は今も覚えています
「米○○」



仕置人っていう職業の人がいたら、本当に頼みたいと
あの頃は真剣に考えてました

でも、殺してもらう、とかそんな事は考えるだけでも恐ろしいし
じゃ、腕の1本でも折ってもらう?
いやいや、やっぱりそんな事は考えるだけでもとんでもないし
じゃ、どうしたい? と考えて思いついたのが
群衆の中で、頭からペンキをかけてもらうこと


母と同じような目にあってた人もいたと思うし
母の後も、同じように被害にあってる人もいると思うから


でもね、普通の人は考えるだけで、実際にそんな事を出来る訳はないし
普通の人は、いつまでも怨み続けるなんて事も出来ないです



その後、再就職をした私は、毎日の通勤電車の車中から見える
その病院と看板が見られなくて(見たくなくて)
意識をして反対側の窓に立つようにしたり、近づくと目を伏せたりして
直視でなきい日々が何年も続きました



その当時と比べて、今のお医者さんは本当に良くなりましたね
笑顔で優しく丁寧に接してくれるのが普通になりました

一度、すごく驚いた事があります
地元の大学病院で、名前を呼ばれて診察室に入っていくと
先生が、さっ!と、立ちあがって○○と申します! よろしくお願いします!
ってお辞儀をしたんですよ(^^;)

あれから10年位経つけど、こういう先生は更に増えてきたように思います♪




そして、あれから30年経った年の今から3年前の秋頃に
突然1通のメールが届きました

送り主は、クリニックを経営しているという女医さんからで
猫の保護依頼及び相談ごとだったと思います

確か、その方の知人の所に(千葉)母猫と子猫がいるので母子共に保護したいけど
自分は遠く離れていて、仕事柄大変忙しくてそちらまで保護しに行く暇がない・・・
そんな内容だったと思います

ただ、以前も同じ場所で、やはり母子猫を保護して里親探しをした事がある
と書かれていました


その時の私は、ぷくちゃんが深刻な時で仕事も忙しく、時間の余裕もない時でしたので
その状況を説明して、私がお手伝い出来る事は「これとこれです」とお返事をしました


その後も数回やり取りをさせて頂いたのですが、何かいつも
強く違和感が残ったのを覚えています

と言うのも「自分は医者だから忙しい」と言うのが前面に出ていて
相手の状況に思いを馳せると言う事が全く感じられなかったからです


その後のやりとりで、自分の実家は千葉の○○町だから千葉市の行政も
責任云々と言う言葉を聞いて 「ハッ!」 と
なんともいいようのない気持ちになりました





こんな事って・・・





その方のお名前は、あの病院の名前と一緒だったんです
実家の住所は、あの病院のある場所でした
年齢から考えて、あの院長のお嬢さんだと思われます





忘れていた、あの頃の思いが一気に甦ってきました




その後、暫くしてからまたメールが届きました
ご自身で無事に捕獲保護したので、これから里親さんを探すと言う物でした

それと、今回色んな所にメールで相談したけど、返事をくれたのは
貴方だけだったのでお知らせさせて頂きました、と書かれていました



結局、具体的には何もお手伝いしなかったけど
無事に保護してくれて本当に良かったと思いました

それから、どんな子(猫)なのか?
どんな内容で募集してるんだろうか?と
里親詐欺の心配もあったので、その募集の里親サイトを覗いてみました


そこには、こんな内容のような事が書かれていました

「里親さんになってくれた方には、お礼(お金?)をさせて頂きます」


目が点になってしまって、時がしばらく止まったままでした

こんな募集を見るのは初めて













[ 2015/04/10 ] 日常 | TB(0) | CM(4)