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母のこと、そして猫の因縁

今日は母の33回目の命日になります


母は身体の不調があると直ぐに病院に行くタイプでした
私はそんな母とは間逆で病院が嫌いで、ギリギリ悪くなるまで行かないタイプなので
自分はきっと手遅れになって、後悔しながら死んで行くんだろうな~と思います(^^;)


母は背中が痛い! 背中が痛い! と良く訴えるようになって
あちこちの病院に行って検査もしてもらっていましたが、特に異常は見つからない
と、どの病院も同じ診断で、すい臓ガンらしいと分った時には
もう手術も出来ない所まで進行していました
すい臓は今でも発見が難しい臓器です


入院してる時は毎日仕事帰りに顔を見に行ってました
ある日、担当の若い先生に呼ばれて検査結果の説明を受けた時に
始めて、すい臓がんの疑いが・・・との説明を受けました

すい臓が何処にあるのかの知識も何もなかった私は、先生の説明が
専門的で難しくて、でも必死に理解しようと分らない点を質問すると
だからー! と、イライラした態度と言葉が返ってきます

その後も、また質問をすると だからーー! と、苛立ち度は更にアップする始末で
聞きたくても、怖くて聞けない状況でした

その当時は「インフォームドコンセント」 なんて言葉もなかった時代で
勘違いも甚だしい医者が普通だった時代、患者を上から目線で見下して
付け届けとかも普通だった時代です 

でも、今も昔も本当の名医と言える人は、こんな医師とは天と地ほどの違いです



その当時は癌は告知する!しない!の選択を家族はしなければならない時代で
私は母の性格を考えて 『告知はしない』 と決めていました

病名を聞いたあと、病室に戻るのは本当に辛かったです

母が、いの一番に「なんて言ってた?」って聞くのが分っていたし
その予想通りに母は聞いて来たので、私は悟られないように 
「もう少し検査しないと分らないみたいよ」って、普通に答えるのが精いっぱいでした

そして、「じゃ、父さんが待ってるから今日は帰るね」って
病室を出てからは涙が止まりませんでした


家では、父が私の帰りを首を長くして待っています
「母さんの様子はどう?」って、真っ先に聞かれるのが分ってるので
父にも涙を見せる訳にはいきません

父は、その6年前に倒れて、幸いにも命をつなぎとめる事は出来たけど
後遺症は残ってしまってました


その父の事もあって、自分の仕事は続けた方がいいのかもしれない、と
少しだけ迷いましたが、限られた時間しか残っていない母の為にすべき事
してあげられる事は、いつも傍にいてあげる事だけ、と思ったので
長年勤めていた会社を辞める事にしました


それから、色々な事があり母の希望も受け入れて、急遽その病院を退院しました




当然に、その後も病状は深刻に進んでいきますので、母は最初の頃に診てもらっていた病院
病気を見つけられなかった大学病院に入院する事を希望しました

そちらの先生は穏やかな物腰の先生で、きちんと丁寧に対応してくれて
とっても感じのいい先生でした



母は人にプレゼントをして喜んでもらう事が好きな人だったので
普段からデパート等で色んな小物を買いだめしていました

その時も、私が病院に行くと、担当の看護婦さんが、可愛い♪可愛い♪って
嬉しそうに私に教えてくれて、そしてそっとプレゼントをあげていました


入院してほどなく、担当の先生に呼ばれて説明を受けました
もう手術をする事も治療をする事も出来ないので退院してもらわなければならない
その代わりに良い病院を紹介するので、そっちに転院を考えて欲しいと

もう私には選択肢はありません
直ぐに転院の手続きをして、そちらの病院に入院する事になりました


転院先は個人の病院でしたが、入院設備もある位のそこそこの大きさで
比較的まだ真新しい病院でした

院長先生は若く見えて、不親切とか横柄な態度とかは一切なかったけど
いつもブスッとした表情で、患者に笑顔で向き合う先生ではありませんでした

私は何の薬も注射もしなくていいから、笑顔で母に接してもらいたかった
ニコニコしながら 「今日は顔色いいよ!」 とか何でもいいんです
嘘でいいので、安心させるような冗談の一つも言うような態度で接して欲しかった
それが死を前にして不安に怯えている患者さんには一番の救いになるはずだと思います


でも、そんな時代だったとはいえ、患者の気持ちを理解しようともしない
医者が多かった事が残念でなりません

だから、私は子供のころから病院も医者も嫌い
先生って呼ばれる職業の人もあんまり嫌きではありませんでした
(医師の従兄もいるし、教育者の親戚もいるけど・・・)


その病院の婦長さんはとっても優しく接してくれました

でも、心の中に悪魔を住まわせてる看護婦が二人いたんです



毎日毎日、点滴ばっかりの日が続くと、段々と血管を確保する事も難しくなります
特に母は血管が細い方で、でも、事前に腕を暖めると出やすくなります

毎朝、病院に行くと看護婦さんが来る前に私は腕をホットタオルで温めます
でも、その年配の看護婦さんは私が温めるホンの数分も待ってくれなくて
まるで大根に針を刺すように、ブスッ! ブスッ! って何回も何回も刺しました

母はなんにも言わないけど、ひたすら耐えているのは分ります
私が、今温めるから少し待って下さい! って言っても聞く耳持たずで
何回も何回も何回も 「あら~ 中々入らないねー」って・・・

私は堪らなくなって、少し強い口調で言うとやっと止めてくれます
そんな状況が退院するまで続きました

婦長さんに何回も相談しようと思いましたが、私がいない夜に
誰にもわからないように母が虐められたらと思うと、それも躊躇われました

母は明るくて優しい人で、すっごく気遣いもする人だったので
そんな嫌われるような事をする人ではありません


もう一人の若い看護婦も恐ろしい人で、こんな事もありました
病状がいよいよ深刻になって個室に移され、意識も時折混濁するようになってきました

個室に移ってからは、夜も付きっきりで看病してましたが
入口のすぐ近くにクローゼットがあって、私がクローゼットのドアを開けたまま
荷物の整理やらをしてると、その若い看護婦は毎回ノックもしないで突然入ってきます
その時に、すごい勢いでドアを開けるので、ドアとドアがぶつかって
物凄い大きい音が出ます

意識が混濁してる母は、その音の凄さで、ビクッ!と意識を戻すんです
それでも、母に何をされるのか分らないと思うと何も言えませんでした

部屋の中でも、検温、血圧測定と、色々な処置を乱暴にします
言葉の暴力も酷かったんです
「あらー 顔が真黄黄になって、黄疸がまた酷くなってるねー」 って
部屋に入って来るなり年増の看護婦の方が言いました

個室に入ってから母は鏡を見た事がありません
私も見せないようにしてましたので黄疸が出ている事を母は知りません

その時の母は、どれだけ不安な気持ちに陥った事でしょう


終末期の患者に医療従事者が、どうしたらこんな酷い言葉を吐けるものでしょうか!

今は、○○○ハラスメントって言葉があるけど・・・


心に悪魔が住んでる人って、意外にいるのかも・・・ と思います
無抵抗な弱者に対する虐待事件とか、いじめ事件とか後を絶たないし
表沙汰になるのはゴクゴク一部だと思いますし


こんな事を書くと、貴方の方にも問題があるからじゃない!
って、言う人がいるのかもしれないけど

看護婦さん達にも院長先生にも、それなりに付け届けはしていました
どんな事をされても、こちらから挨拶も欠かさないでしていました
母が人質にとられてるし、母が虐められない為にもと・・・


でも、私がその時もっと大人だったら、きちんと抗議をしたと思います

いえ、その時に毅然と抗議すべきでした



この二人を除いた他の看護婦さん達は、普通に対応してくれましたが
亡くなる前日だったか前々日だったか、看護婦さんが二人で入ってきて
突然、母の胸に心電図を付けはじめました
母にも私にも何の説明もなく、二人で笑っておしゃべりしながら付けていました


説明と言えば、この病院では、母にも家族の私にも、それが何の薬なのか
何の注射なのか一切してくれた事はありませんでした

こんな事もありました
突然、院長と知らない男性(多分医師)が入ってきたので、何かの治療若しくは
処置をしてくれるのかと思って構えて待っていたら、その男性にカルテを見せながら
アレコレと説明をして、説明をし終わったらそのまま出て行ってしまいました

母の事も私の事もまるで眼中になく、何のリアクションもなく
その時の様子と言ったらまるで、動物実験中の動物の状況を説明でもしてるようで
33年経った今でも、くっきりと、頭に、心に、焼き付いています

そして思い起こせば、入院中はずっとそんな対応でした

きっと、私が小娘じゃなく、それなりの恰幅のいい男性だったり
それなりの肩書のある人物だったら、まったく別の扱いだったのかもしれません



33年前の今日は土曜日だったので院長は不在でした

その日の早朝、母が息苦しいと訴えたので看護婦さんを呼んだら
直ぐに処置をしてくれたのですが、その最中に母は亡くなりました

その処置に問題があったのかどうかは分りませんが

看護婦さんが慌てて宿直の先生を呼びました
多分、大学から来ているバイトの先生だと思うけど
寝ぼけ眼で飛んで来てくれて、母の死を確認しました

その後、その看護婦が心電図を外したり処置をしようと母の身体に触ろうとしたので
「触らないで!」って、無意識に叫んでしまってました

その看護婦は優しい方の人だったけど、笑いながら心電図を付けた人で
最後の処置もした人です


最後の最後の時の終末期になって、心電図を付ける事の意味
その作業を笑いながら、無駄話をしながらするべきものでしょうか!
何をしたくて看護婦になったんでしょうか


大切な大切な愛する母を、こんな病院に入院させてしまった事の後悔
何の異議も唱えられなかった事への後悔
何の力も持っていない事の歯がゆさ



二人の看護婦のうち、一番酷い年増の看護婦の名前は今も覚えています
「米○○」



仕置人っていう職業の人がいたら、本当に頼みたいと
あの頃は真剣に考えてました

でも、殺してもらう、とかそんな事は考えるだけでも恐ろしいし
じゃ、腕の1本でも折ってもらう?
いやいや、やっぱりそんな事は考えるだけでもとんでもないし
じゃ、どうしたい? と考えて思いついたのが
群衆の中で、頭からペンキをかけてもらうこと


母と同じような目にあってた人もいたと思うし
母の後も、同じように被害にあってる人もいると思うから


でもね、普通の人は考えるだけで、実際にそんな事を出来る訳はないし
普通の人は、いつまでも怨み続けるなんて事も出来ないです



その後、再就職をした私は、毎日の通勤電車の車中から見える
その病院と看板が見られなくて(見たくなくて)
意識をして反対側の窓に立つようにしたり、近づくと目を伏せたりして
直視でなきい日々が何年も続きました



その当時と比べて、今のお医者さんは本当に良くなりましたね
笑顔で優しく丁寧に接してくれるのが普通になりました

一度、すごく驚いた事があります
地元の大学病院で、名前を呼ばれて診察室に入っていくと
先生が、さっ!と、立ちあがって○○と申します! よろしくお願いします!
ってお辞儀をしたんですよ(^^;)

あれから10年位経つけど、こういう先生は更に増えてきたように思います♪




そして、あれから30年経った年の今から3年前の秋頃に
突然1通のメールが届きました

送り主は、クリニックを経営しているという女医さんからで
猫の保護依頼及び相談ごとだったと思います

確か、その方の知人の所に(千葉)母猫と子猫がいるので母子共に保護したいけど
自分は遠く離れていて、仕事柄大変忙しくてそちらまで保護しに行く暇がない・・・
そんな内容だったと思います

ただ、以前も同じ場所で、やはり母子猫を保護して里親探しをした事がある
と書かれていました


その時の私は、ぷくちゃんが深刻な時で仕事も忙しく、時間の余裕もない時でしたので
その状況を説明して、私がお手伝い出来る事は「これとこれです」とお返事をしました


その後も数回やり取りをさせて頂いたのですが、何かいつも
強く違和感が残ったのを覚えています

と言うのも「自分は医者だから忙しい」と言うのが前面に出ていて
相手の状況に思いを馳せると言う事が全く感じられなかったからです


その後のやりとりで、自分の実家は千葉の○○町だから千葉市の行政も
責任云々と言う言葉を聞いて 「ハッ!」 と
なんともいいようのない気持ちになりました





こんな事って・・・





その方のお名前は、あの病院の名前と一緒だったんです
実家の住所は、あの病院のある場所でした
年齢から考えて、あの院長のお嬢さんだと思われます





忘れていた、あの頃の思いが一気に甦ってきました




その後、暫くしてからまたメールが届きました
ご自身で無事に捕獲保護したので、これから里親さんを探すと言う物でした

それと、今回色んな所にメールで相談したけど、返事をくれたのは
貴方だけだったのでお知らせさせて頂きました、と書かれていました



結局、具体的には何もお手伝いしなかったけど
無事に保護してくれて本当に良かったと思いました

それから、どんな子(猫)なのか?
どんな内容で募集してるんだろうか?と
里親詐欺の心配もあったので、その募集の里親サイトを覗いてみました


そこには、こんな内容のような事が書かれていました

「里親さんになってくれた方には、お礼(お金?)をさせて頂きます」


目が点になってしまって、時がしばらく止まったままでした

こんな募集を見るのは初めて













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[ 2015/04/10 ] 日常 | TB(0) | CM(4)

No title

ここに書きたいことがたくさんあり過ぎて、
かえって何も書けません。

ある立場からしか物事を見ることのできない人は、
本当に不幸だと思います。

お母様は、天国で安らかでいらっしゃることでしょう。

優さんのお心安からんことを。
[ 2015/04/12 11:26 ] [ 編集 ]

Re: No title

> ぱちょりんさん

ありがとうございます。
こんな事を書くつもりはなかったんだけど
何故かキーボードを打つ指が止まらなくなってしまって
当時の気持ちを思いっきり吐露してしまいました

母は全てを分ってくれてると思います
本当にありがとうございました。

[ 2015/04/12 22:53 ] [ 編集 ]

私も母を亡くした病院でされた嫌な事はずっと覚えています。

この間も愛猫の病院で、優しくない先生に当たってしまい、悲しい思いをしました。

人や動物に思いやりを持てないなら、医療従事者にはならないでほしいですよね。
[ 2015/04/16 16:28 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> ayaさんへ
コメントありがとうございます。

そうでしたか!
ayaさんも同じような辛い経験をされたんですね。

> この間も愛猫の病院で、優しくない先生に当たってしまい、悲しい思いをしました。

たまーに、いますよね感じの悪い先生って
私も、あの先生だけは絶対イヤ、って思ってる先生に呼ばれてしまって
診察室に入って行かなかった事があります。
そしたら、先生も嫌われてるって事がわかったんでしょうね。
折角来たんだからどうぞ!って促されてシブシブ入ったけど
会計しないで帰ってきてしまいました。
次に行った時に、受付の人が診察券返し忘れてすいません!
って謝ってくれたことがありました(^^:)

思いやりのない人には、たまには熱いお灸をしてあげないと・・・です(笑)
[ 2015/04/16 22:32 ] [ 編集 ]

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